「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第120話

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最終章 強さなんて意味ないよ編
<ちょっと危険?な旅路>



 私の願望を話してみたところ、シャイナたちからもメルヴァたちからも特に異論が出なかったようなので、イーノックカウに出す店はその方向で行くことになった。
 と言う事で、ここからは色々な所への根回しと報告の話だ。

「とりあえずカロッサさんとボウドアの村長の所には、この話は通さないといけないわよね」

「エントの村はいいの?」

「ああ、そっちはある程度出店への道筋がついてからでいいと思う。ボウドアの村は館近くで作物を実験栽培してるし、そこから株分けしたり植樹したりすれば果樹関係はすぐになんとかなるでしょ。でもエントの方は一から始めないといけないから、オープン時点には間に合わないと思うのよ」

 シャイナの問いに、私はそう答える。
 彼女としては、エントの村の開墾を手伝ったりしたからある程度思い入れがあるんだろうけど、今から作る店に並べられるようなレベルの商品をあそこの村で作れるようになるのには結構な期間がかかるだろうから、それなら初めから省いておく方がいいと思うのよね。

「ならあるさん、すぐにはむりでも来年くらいからエントの村もさんかできるように、何かかんがえてよ。たとえば牛をかうとかさ」

「牛かぁ、確かに家畜ならうまくやれば乳や卵の出荷を半年くらい先には間に合わせられるかもしれないわね」

 シャイナ同様、エントの村に関わったあいしゃからもこんな提案が出たので、実行できるかどうか確かめる事にした。
 確かめる相手は当然ギャリソンだ。

「どう? ギャリソン。地下4階層の牧場にいる家畜は、エントの村に移動させても問題なく育つと思う?」

「今の所収監所に作った家畜小屋でもボウドアの村に作った牧場でも問題は発生して居りませんから、育つかと言われれば問題はないでしょう。ですがその二箇所は牧草などの餌もその地でイングウェンザー城内と同じように育てて与えているものなので、エントの村に産業として起せるほどの牧場を作るとなりますと、環境づくりの面から考えても少々時間が掛かるかと思われます」

 そっか、確かに家畜だけを移動させてもダメよね。
 餌はまぁこの城からある程度の期間は提供してもいいけど、放牧した時に食べる下草とか他の作物を育てている場所と隔離する為の柵や家畜小屋、それに一番肝心な家畜を世話する人材の育成とかまで考えると、すぐにと言うのは流石に無理よね。

 特に最後の人材は今担当している者をこの城から送り込むわけにはいかないから、エントの村でしっかりと指導しないといけないもの。
 なにせ、いま従事してるのは人じゃないからね。

「難しいかぁ。でもまぁ、将来的なことを考えると準備だけはしておいた方がいいわ。確かエントの村の農業指導を担当したのはミシェルとユカリだったわね。収監所の管理をしているミシェルは長期貸し出すわけにもいかないから、この場合ユカリが適任かな。ギャリソン、ユカリに誰か適当な補佐を選んでおいて。後日エントにも館を作るから、そこに彼女を常駐させてエントの村の産業開発を任せます」

「承知しました」

「ありがとう、あるさん」

「カロッサさんからもエントの村をなんとかしてほしいって頼まれてるからどっちみち何かはするつもりだったしね。牧場と言ういい案も出してもらったから、私としても助かったわ」

 あいしゃのお礼の言葉に私はそう返しておいた。


 さて、エントの村はこれでいいとして、ボウドアの村は何をメインにするかなぁ。
 あっちは館もあるから色々試してるし、何よりメイドたちがいるから何かを作るにしても指導がしやすい。
 それにカルロッテさんたち、収監所にいる人たちの家族もいるから新しい事をはじめようとする時に必要となる新たな人手も十分に確保できるのよね。
 まぁ、その辺りは村長と話し合ってからでいいか。

「とりあえずここで話し合えるような事はある程度決まったし、会議はここでおしまい。後は根回しかな」

「そうですね。各方面には私が話を通して置きましょうか?」

「いいよ、私が直接出向くから。その方が報告を聞く手間も省けるしね。メルヴァはこのままイングウェンザーの管理をお願いね」

「畏まりました」

 何せ初めてやる事だし、どんなトラブルがあるか解らないから人任せにすべきじゃないと思うのよ。
 そうじゃないと、修正不可能になってから初めてトラブルの内容を聞かされるなんて可能性はぐっと低くなるからね。


 さて、時は金なりとも言うし、会議も終わったことだから早速動く事にする。
 まずはカロッサさんのところに使者を送って、約束を取り付けないと。
 カロッサさんは貴族だからいきなり館に押しかける訳にはいかないもの、余裕を持って5日後くらいにお会いできますか? と手紙を書いてサチコに持たせて送り出した。

 これでカロッサさんの方はいいから、次はボウドアの村ね。
 此方は簡単、直接乗り込めばいい。
 そう思って転移門の鏡で向かおうと思ったんだけど、そこはメルヴァに止められた。
 曰く、

「アルフィン様は都市国家イングウェンザーの女王になられたのですから自覚を持ってくださいませんと。御一人で気ままにお出かけになられては困ります。きちんと馬車を仕立てますのでギャリソンを供に、あと護衛としてヨウコを同行させてください」

 だそうな。

 まぁ確かに言われてみればその通りかと思って、馬車の準備ができるまで待つことに。
 そして半刻ほど経って、準備ができたとの知らせを受けて城の門のところまでいくと、そこには着飾ったシャイナとまるんが待っていた。

「アルフィン、一人でユーリアちゃんたちと遊ぼうったってそうはいかないわよ」

「そうそう。私だって二人に会いたいんだから。当然一緒に行くわよ」

 なるほど、二人とも遊びに行く気満々と言うわけか。
 この二人は仕事をしていないから基本自由だし、戦力的に言えばこのイングウェンザー城の実質ナンバー1とナンバー2なんだから護衛無しで気ままに行動しても問題はないだろう。
 と言うか、この二人を護衛できる存在なんてこの城にいないしね。

 それに反対する理由がまるでないのだから、彼女たちが行きたいと言い出したのならメルヴァも何も言わないだろう。
 ただ一つ聞き捨てならない事があるから、それだけは主張しておく事にする。

「私は遊びに行くわけじゃないんだけど?」

「あら、その割にはさっき、嬉々として転移門で向かおうとしたじゃないの。正式な話し合いをするのなら馬車で訪問するのが本当なのに単身で飛ぼうとしたって事は、半分以上遊びのつもりでしょ?」

「そうそう。それに会議の終わりでメルヴァに城に残るように話を持って言ったのも怪しいわ。今回は店舗を開くための業務だからギャリソンよりメルヴァや店長のほうが適任でしょ?」

 うっ、しっかり読まれてるよ。
 さすが私の分身である自キャラたちよね、私の考えなんてすっかりお見通しみたいだわ。
 ただ、できればその話はここでして欲しくなかった。

「まぁ、アルフィン様にはそのような思惑が。私に留守を任せるのはそういう理由があったのですね」

 ・・・言葉は優しいんだけど、その中に冷ややかな雰囲気を含んだ声が後ろから聞こえてきた。
 メルヴァである。

 慌ててそちらに目を向けると、凄く迫力のある微笑で私は見つめ、いや見据えられた。
 蛇に睨まれた蛙と言うのはこういう状態なんだろうか? 私はその瞳を前にして、逃げる事もできず、唯々背中を流れる冷たい汗に耐えるしかできなかった。
 そしてメルヴァはそんな笑顔を顔に貼り付けたまま、、再度口を開く。
 
「アルフィン様は私がお邪魔なのですね。それならばそうと言っていただ・・・」
「いやいや、そんな事はないから。メルヴァは私にとって、とても大切な人だから!」

 なんか不穏な事を口走りそうだったから、私は慌ててメルヴァの言葉にかぶせるように否定する。
 しかしそれが愚策である事に、口走ってから気が付いてしまったのよね。
 メルヴァの顔全体に広がる怪しげな笑みと、言質を取ったとばかりに細められた瞳を目にして。

「そうですよね。アルフィン様は私の仕える至高の御方であると同時に、私の大事な人ですもの。と言うわけですからギャリソンさん、留守は任せます。私はアルフィン様と共にボウドアの村まで参りますので」

「解りました、メルヴァさん。アルフィン様をお願いいたします」

 待って待って待って! ギャリソン、気持ちは解るけどそこで簡単に引かない! メルヴァも私の腕を取って馬車に引き摺り込もうとしないでっ。

「ああ、えっと。アルフィン、私とまるんは馬に乗ってのんびりいくから」

「そっそうね。メルヴァ、アルフィンの事、お願いね」

「はい、解っております。道中はアルフィン様にゆったりと馬車の旅を楽しんでいただきますわ。そう、ゲートなどアルフィン様に使って頂かなくても急ぐ旅ではございませんし、普段の疲れを馬車の中でとって頂かないといけませんからね」

「ちょっ、ゲートは当然使・・・はい、解りました、ゆったりと参ります。だからそんな顔しないで下さい。あと、この手を・・・いや、何でもありません」

 私はこうして馬車の中に連行されて行く事になった。
 誰かタ・ス・ケ・テ。



 30キロと言う距離が実際に馬車で移動するとなると、とても長距離なのだと言う事を私は思い知る事となった。
 いや、うちの馬車なら普通に走ればあっと言う間に着く距離なんだよ。
 でもね、普通の馬車は大体時速6〜7キロで走って、なおかつ3時間も走ったら休憩するものなんだってさ。

 それで、そんな馬車に偽装する為には人が誰も見ていない場所でもそのように振舞わなければいけないというメルヴァの強硬な主張のもと、私たちを乗せた馬車はボウドアへと向かって行った。
 そして。

「アルフィン、このままだと野営になっちゃうから、私とまるんは先に行くね」

「ヨウコ。御者兼護衛は大変だろうけど、アルフィンとメルヴァをお願いね」

「ちょっと、シャイナ、まるん。ずるいわよ。待って、置いていかないで」

 そんなペースでは午後から出た馬車がその日の内にボウドアの村に着くはずは当然なく、野営を嫌ったシャイナたちは私たちを置いてさっさと先に行ってしまった。

 私としても野営をするよりも館に着いてからベッドでゆっくり寝たいから馬車のスピードを上げようと一応は提案はしてみたんだけど、メルヴァからは、

「何事も経験ですよ」

 と笑顔で却下され、結果私はメルヴァと共に馬車の中で一泊する事になった。
 それならば3人しか居ないことだし、馬車の広さにも余裕があることからヨウコも中で一緒に寝ましょう再度提案したんだけど、

「いえ、私は護衛ですし、睡眠不要のマジックアイテムをアルフィス様から貸していただいているので、外で警備にあたります」

 と、残念ながら丁寧に断られてしまった。
 いや、解ってるよ。
 私も気が付いていたもん、あのメルヴァの迫力ある視線に。

 あの視線を前にして、一緒に寝るなんて言えないよね。
 無理を言って悪かったわ。

 と言う訳で私は猛獣と一緒に、小さな馬車の中で一泊する事になった。


 しばらく進んだ後、街道横に作られた野営スペースに馬車が止められた。
 これは最初にあやめがこの道を作る際に、イングウェンザー城を訪れる人が途中で野営をする事になってもいいようにと整えられたスペースだ。
 これを作って置くようにと指示したのは自分だけど、まさかそれを一番最初に使うのが自分だとは、あの頃は夢にも思わなかったよ。

 この場所は魔法で草を生えにくくしている上に、キャンプ場のように平らに整地してあるから天幕や大型のテントを張るのがとても簡単になっている。
 その上、私たちが持ち運んでいるのはユグドラシル産の野営セットだから場所指定をすればその場でテントが張られ、テーブルや椅子、そして焚き火も一瞬で現れるというとても便利なものだ。
 ゲーム時代は今のようにどこにでも出せる訳ではなかったけど、MAPの所々にある安全地帯にこれを設置してテントを指定、寝るのコマンドをクリックすればHPとMPが一瞬で回復したんだよね。

 まぁそんな便利なものを出しはしたけど、現実世界では時間が経過しないと朝にはならないから寝るのは馬車の中だけどね。
 土の上だといくらテントの中だと言っても下が硬くて寝にくいし。

 さて、馬車で寝ると聞くと大変そうだけど、実はそうでもなかったりする。
 この馬車の中は元々が結構な人数が乗る事を想定されている為にかなり余裕がある上に、前後の対面式ではなく観音開きの扉部分以外の場所をぐるりと囲むようにソファーが配置されていて、その真ん中にテーブルが配置されているという造りなんだ。
 だから、そのテーブルを馬車の後ろに取り付けられている収納用アイテムボックスに片付けて、代わりにそこからオプションパーツを取り出して設置すれば大きなベットのようなものに早変わり。
 要はキャンピングカーのようにゆっくり寝る事が出来るように作られた、イングウェンザー自慢の特別仕様なんだ。
 まぁ、この仕様のせいで、メルヴァから急ぐのを却下されたんだけど・・・。

 私たちはヨウコがアイテムボックスから出して準備した夕食を野営セットのテーブルで食べ、夜寝るための服装にテントの中で着替えた後、

「ささっ、アルフィン様。明日も早い事ですから、就寝いたしましょう」

 と言う、いい笑顔のメルヴァに誘われて馬車へ。
 私としてはその笑顔がとても怖いんだけど、抵抗しても無駄なので覚悟を決めて中に入った。

 いくらなんでも此方が引くほど変な事はしないよね? 私を慕ってくれているNPCだし。
 そんな風に自分の心を誤魔化しながら私はその日、眠りに着くのだった。



 結論から言おう。
 何もされなかった。
 いや、何もされなかったと思う。

 と言うのも馬車にあつらえられたベッドに入り、魔法の明かりをメルヴァに消して貰った事までは覚えているんだけど、その次の瞬間からの記憶がまったくないからなんだ。
 私の体は仮にも100レベルのプレイヤーキャラクターだし、スリープなどの魔法をかけられたとしたら何の抵抗もせずに無条件でかかってしまうなんて事はありえないはず。
 そして昨日は警戒心バリバリだったから、疲れきって寝てしまったとか、お酒が急に回って寝てしまったという事も無いはずなんだよね。

 と言う事は、この現象はこの馬車の機能? テントをクリックして寝るを指定した時のように、寝る体勢をとったら睡眠に入ってしまうのだろうか? そんなことを考えていたら。

「しまった、馬車の機能か。切って置いたつもりだったのにぃ・・・うう、折角のチャンスが」

 などと、私の横で呟くメルヴァの声が聞こえてきた。
 どうやら本当にこの馬車の機能みたいね。
 よかったわ、メルヴァの失敗で助かったみたいね。

 ガチャ。
 私がホッと息をついていると中の物音が聞こえたのだろうか、外から扉が開かれた。

「おはようございます。アルフィン様、メルヴァさん。よく眠れましたか?」

「おはよう、今日もいい天気みたいね」

 扉を開けて朝の挨拶をしてくれるヨウコに笑顔を向け、私は彼女のエスコートで外へ。
 そのままテントへと足を運んで服を着替え、メルヴァと入れ替わりで外に出てテーブルについた。
 そこで朝のお茶を頂いているとメルヴァも着替えを済ませたようなので、給仕の仕事があるから自分は後でとるというヨウコを説得して3人でテーブルを囲む。
 珍しい外で取る朝食なんですもの、いつもの給仕が着いた堅苦しいマナー通りである必要はないからね。

 すがすがしい朝の光の元、都市国家イングウェンザーの女王と言う役割を忘れて、久しぶりに冒険者のような気分で朝食のパンにかぶりつくアルフィンだった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 読んでいる方は解っていると思いますが、メルヴァが切って置いた馬車の睡眠機能を再起動したのはヨウコです。
 因みにこれは彼女の独断ではなく、この機能をあやめたちから聞かされていたギャリソンが指示しておいたものでした。

 まぁ、こんな機能がなくてもメルヴァがアルフィンに何かするなんて事はないんですけどね。
 間違っても嫌われる様な事をNPCである彼女がするはずも無いのですから。

 ただ彼女の荒い息の音で、アルフィンが寝不足になっていたかもしれないけど。

 さて来週ですが、もしかすると土日出張になるかもしれません。
 その場合は月曜に代休がもらえるようなので更新が月曜になります。
 ただまだ確定ではないので、もし出張が流れた場合は日曜更新になります。
 不確かな状況ですが、この様な事情なので御許しください

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